大阪という個性
大阪はとても個性的な土地である。
それは確かに認めるところであるが、大阪がいろいろな個性を認める土地であるかというとそうではない。
大阪という強烈な個性はお笑い至上主義という強烈なベクトルを持っていて、その概念を持っていないほかの土地のものにはいささか理解しがたい面がある。
確かに笑いがあったほうが円満であるし、たのしいしとてもよい。
私もこちらに来て笑う事が多くなってうれしいのだが、笑いに頼りすぎるきらいがある。面白くなければいけないのだ。面白くいないことはかっこ悪いことなのだ。
そのくらい強い価値観があると、勉強ができることが頭がいいことという価値観のもつ危険性にも似たものを感じる。
笑いというあいまいな感じだから柔らかくよいものだとされているが、それ以外を良しとしない部分が怖いと私は感じてしまう事がある。
そのいい例が、オチは?という言葉だ。
確かに面白いほうがいい。私もオチを考えてしゃべる事もある。
でもそれ以外でもいいのだというゆるい感じも是非持ってもらいたいと思う。
もうひとつの大阪の強烈な個性はガチャガチャしているということだと思う。
地方のようにのどかなで静かな感じではないし、東京のように雑多であるがスマートな感じもない。
良くも悪くも商人のまちという雰囲気があちらこちらからする。
あきんどだからなのだろうか、人の動きも話し方も早い人が多いし、はたから聞いていると怒鳴りあっているのかと思うほどどつき合っていたり、きつい言葉で突っ込んだりする。
正直最初に大阪に来たときにはその速さについていく事ができなかった。
ぽんぽんとテンポよく物事は進んでいき、勢いはあるが詰めは甘い。
それが大阪という土地のいいところなのであろう。